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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)7027号 判決 1984年7月26日

原告

森文恵

ほか三名

被告

日本火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告森春子に対し金一〇〇九万〇三七五円、原告森清志、同森文恵、同井上一子に対し各金三三三万三三三三円、及び右各金員に対する昭和五八年七月一五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五六年一一月一八日午後〇時四〇分ころ

(二) 場所 徳島県三好郡井川町西井川二番地先路上

(三) 被告車両 事業用大型乗用自動車(バス)(徳二い五一三八)

右運転者 訴外飯田時夫(以下「訴外飯田」という。)

(四) 原告車両 自家用普通貨物自動車(高四四せ四三七五)

右運転者 訴外亡森清一(以下「亡清一」という。)

(五) 事故態様 亡清一は、原告車両を運転し事故現場道路を徳島方面から高知方面に向け進行中、カーブで若干ふくらんで対向車線内に進出したが、自車線内にもどる途中、時速約三五キロメートルで対向進行してきた被告車両と正面衝突し、多発性肋骨々折、右血気胸等の傷害を負い、死亡した。

2  責任原因

訴外徳島西部交通株式会社は、被告車両の所有者でありこれを自己の運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の規定に基づき損害賠償責任を負うところ、同社は、被告車両につき、被告との間で、同社を被保険者とする自動車損害賠償責任保険契約を締結しており、同法一六条一項の規定に基づき、保険金額の限度(傷害分金一二〇万円、死亡分金二〇〇〇万円)において原告らに生じた損害賠償額の支払義務を負う。

3  損害

(一) 治療関係費 金九万〇七三五円

亡清一は事故後徳島県立三好病院で治療を受け、治療関係費金九万〇三七五円を同人の妻原告森春子(以下「原告春子」という。)が負担のうえ支出した。

(二) 葬儀費用 金六〇万円

亡清一の葬儀費用として金六〇万円を要した。

(三) 逸失利益 金二八一五万円

亡清一は、事故当時五三歳の健康な男子で、有限会社英階建設の現場労働者として勤務しており、少なくとも自動車損害賠償責任保険損害査定要綱(昭和五六年五月一日実施)の別表Ⅳ男子五三歳に対応する平均給与年額金四一六万〇四〇〇円を下らない収入を得ており、六七歳までの一四年間右と同程度の収入を得られた筈であるから、右金額を基礎に、生活費として三五パーセントを控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して原告の事故時における逸失利益の現価を算出すると、次の計算式のとおり、金二八一五万円(一万円未満切り捨て)となる。

計算式 4,160,400×(1-0.35)×10.4094≒28,150,000

(四) 原告らの身分関係及び相続

原告春子は亡清一の妻で、その余の原告らはいずれも亡清一の子であり、同人の死亡により前記(二)及び(三)の損害賠償請求権(合計額金二八七五万円)を法定相続分(原告春子は二分の一、その余の原告らは各六分の一)の割合により相続取得した。

(五) 慰藉料

本件事故で亡清一が死亡したことにより原告らは多大な精神的苦痛を被つたが、これを慰藉するための慰藉料としては、原告春子は金六〇〇万円、その余の原告らは各金二〇〇万円が相当である。

(六) 以上によれば、原告春子は金二〇四六万五三七五円の、その余の原告らは各金六七九円一六六六円の各損害賠償請求権を取得した。

4  よつて、原告らは被告に対し、保険金額の限度で、原告春子は金一〇〇九万〇三七五円、その余の原告らは各金三三三万三三三三円、及び右各金員に対する本訴状が送達された日の翌日である昭和五八年七月一五日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中(一)ないし(四)の事実は認め、(五)の事実は争う。

2  同2の事実中、訴外徳島西部交通株式会社が被告車両の運行供用者であること、原告主張の保険契約の締結の事実は認め、その余は争う。

3  同3の(一)ないし(三)、(五)の事実は不知、同(四)の原告主張の身分関係事実は認める。

三  免責の抗弁

1  訴外飯田は、被告車両を運転して、本件道路を高知方面から徳島方面に向け時速約三五キロメートル(制限速度時速四〇キロメートル)で走行し、右にカーブした本件事故現場にさしかかつたが、数台の自動車が対向車線内を順当にすれ違つて通過した後、亡清一の運転する原告車両が突然追越禁止区域であるにかかわらず中央線を越えて幅員三・一メートルの自車線内に約〇・五メートル進出してきたのを約二〇メートル前方に発見し、直ちに急制動をかけ左転把する等の措置をとつたが、同車との衝突を回避することができなかつた。

2  右のとおり、事故は亡清一の一方的過失により発生したもので、訴外徳島西部交通株式会社及び訴外飯田は被告車両の運行につき注意を怠つておらず、また同車両には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたのであるから、同社は自賠法三条の責任を負わない。したがつて、自賠責保険会社である被告にも本件事故による損害賠償額を支払う責任はない。

四  免責の抗弁に対する認否及び原告らの反論

1  抗弁1の事実中訴外飯田が被告車両を運転して本件道路を高知方面から徳島方面に向け時速約三五キロメートル(制限速度時速四〇キロメートル)で進行し、事故現場にさしかかつたこと、原告車両が中央線をはみ出て走行し対向車線を走行中の被告車両と衝突したことは認め、その余の事実は不知。同2は争う。

2  本件道路は、徳島方面から高知方面に通ずる車道幅員約六・二メートル、両側に幅約〇・七メートルの側線部分が設けられ、追越禁止のため黄色の中央線が標示されたアスフアルト舗装の道路で、事故現場は高知方面からは「く」の字形に大きく曲つた、見とおしの悪い道路であり、道路交通法四二条の「道路のまがりかど附近」に該当し、車両の運転者は徐行すべき注意義務があるところ、訴外飯田は右義務を怠り、時速約三五キロメートルで本件まがりかどに進入した過失があり、これが事故の一因を成している。

すなわち、被告車両の車幅は約二・二五メートルであり、側道部分を含めると同車両の左側はなお約一・五メートルの余裕があつたところ、訴外飯田が本件まがりかどの手前で十分徐行していれば、被告車両は衝突前に更に同程度左側に避譲することが可能であつたから、原告車両は被告車両に衝突することなく自車線にもどれた筈であり、仮に衝突が避けられなかつたとしても、亡清一の死亡といつた重大な結果を惹起するには至らなかつたものというべきである。被告の免責の主張は失当である。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中(一)ないし(四)の事実、同2(責任原因)の事実中、訴外徳島西部交通株式会社が被告車両の運行供用者であること、原告主張の保険契約の締結の事実は当事者間に争いがない。

二  事故態様及び免責の抗弁について判断する。

1  抗弁1の被告車両の走行方向及び速度(制限速度も)、原告車両が追越禁止区域の本件事故現場道路で中央線を越えて対向車線に進出し、走行中の被告車両と衝突したことは当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に成立に争いのない乙第三号証、証人飯田時夫の証言及び原告春子本人尋問の結果を総合すると、

(一)  本件事故現場道路は、別紙図面のとおりで、非市街地にあつて、徳島方面から高知方面に通ずる車道幅員約六・二メートル、両側に約〇・七メートル幅の路側帯が設けられ、片側一車線(幅員約三・一メートル)で、追越し禁止のため黄色の中央線が標示されたアスフアルト舗装の平担な道路で、道路南側に約二〇センチメートル高くなつた幅約一メートルの歩道が設置されている。事故現場は、高知方面からは右へ大きくカーブして、道路南側が山手となつていて見とおしの悪い地点である。最高速度は毎時四〇キロメートルに規制されている。

(二)  訴外飯田は、加害車両(路線バス)に乗客約八名を乗せて、本件道路を高知方面から徳島方面に向け自車線のほぼ中央辺りを時速約三五キロメートルで運転走行し事故現場のカーブ手前(別紙図面<イ>地点で運転者の位置をいう。以下単に<ロ>地点等という。)にさしかかつたところ、前方約四九・三メートル先の対向車線上に原告車両の先行車両を発見し、これとすれ違つた直後である約一八・二メートル進行した地点(<ロ>地点)に至つて前方約二〇・三メートル先(地点)に原告車両が中央線を越えて自車線内に進出するのを発見し、危険を感じて直ちに急ブレーキをかけるとともに左転把したが間に合わず、右発見地点から約八メートル先に進んだ地点で道路中央線から約一・二メートル自車線内の地点(<ハ>地点)で、自車右前部と原告車両の前部中央から右前部にかけての部分が衝突した。原告車両は、右衝突時、車体のほぼ全部を対向車線内に進入させた状態で、衝突後、被告車両は衝突地点から約一メートル先に車体左角が左側路側帯内に進入した状態で停止し、原告車両は衝突地点から若干押しもどされて車体後部左側をやや左の自車線内に振つて停止した。

(三)  亡清一は、急用で、事故当日の午前二時ころから原告車両に妻春子と訴外西口某を同乗させて、高知市から徳島市に向けて運転し、同日午前五時三〇分ころ徳島に着き午前九時すぎまで車内で仮眠をとつた後、午前一一時ころ用件を済ませて帰途につき、原告車両を運転して本件道路を徳島方面から高知方面に向けて走行し時速約五〇キロメートル前後で本件事故現場にさしかかつて、事故発生に至つたが、同乗者の春子及び西口は事故発生時には後部座席及び助手席で仮眠中であつたため、当時の発生状況を全く覚知し得なかつた。

(四)  原告車両は、車幅が一・五八メートル、車長が四・一七メートルで、事故により両前部が大破し、被告車両は、車幅が二・二四メートル、車長が七・五メートル、定員三七名の大型乗用自動車(バス)で、事故により右前部が凹損した。

なお、証人飯田時夫の証言中には原告車両が中央線を越えて被告車両車線内に進出してきたのはより直前の約一〇メートル手前であつた旨の供述部分があるが、叙上認定に供した各証拠に照らし直ちに採用できない。また、原告らは、原告車両は対向車線にはみ出した後自車線にもどる途中で被告車両に衝突したと主張するが、右主張に沿う証拠はなく、却つて前記乙第三号証によれば原告車両は対向車線に進出して間もなくいまだ自車線にもどるべくハンドル操作をする以前の段階で衝突したものであることが認められる。その他前記認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、原告らは本件事故現場は道路交通法四二条にいう「道路のまがりかど附近」に該当するから車両の運転者は同所では徐行すべき義務があつたにかかわらず、訴外飯田はこれを怠つたと主張するが、同条の「道路のまがりかど」とは道路が直角あるいはこれに近い急角度ないし「く」の字形に屈折している場所を指し、わん曲個所はこれにあたらないものと解すべきところ、事故現場附近は、前記認定のとおり、大きくわん曲したカーブをなしているもので、原告ら主張の「く」の字形屈折点に当る個所は存在しないことは明らかであつて、本件事故現場が「道路のまがりかど附近」に該当するということはできない。従つて、訴外飯田において事故現場附近を制限速度を下回る時速約三五キロメートルで進行した点をとらえて同人に過失があると論難することはできないものというべきである。

そして、また、右認定の事実関係によれば、乗客を乗せた路線バスの運転手である訴外飯田は原告車両が中央線を越えて走行したのを発見して直ちに急制動して道路左の路側帯に自車左前部を進入させ十分左転把の措置をとつており、同人には本件事故発生につきなんらの過失もなく、亡清一に対向車線進入、前方不注視の過失が認められる。また本件事故態様及び弁論の全趣旨を総合すれば、訴外徳島西部交通株式会社は被告車両の運行に関し注意を怠つていなかつたものと推認され(右推認を左右すべき証拠はない。)、自賠法三条ただし書きのその余の免責要件も本件事故の発生と関連性がないと認められるので、結局その免責の主張は理由があるものというべく、被告車両の加入する自賠責保険会社である被告にも本件事故により原告らが被つた損害賠償額を支払う責任はないものである。

三  以上のとおりであるから、原告らの被告に対する本訴各請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本久)

別紙図面

<省略>

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